生体の恒常性(ホメオダイナミクス)・動的適応性(アロスタシス)とその破綻機序の解明と医学応用
我々の主要な課題は、医工情報学領域の学際研究を通じて、生体機能発現の動的メカニズムの理解を深化させること、ならびに、病によって生体機能が変容する疾患メカニズムの解明を目指す医学研究に貢献する情報学・システム科学基盤を構築することです。特に、生体の状態を“最適な状態”に保つ性質であるホメオスタシス(生体恒常性)の概念を現代的視点から捉え直したホメオダイナミクスやアロスタシス(動的適応性)とその背後にある生体制御メカニズムを、具体的な生体機能を研究対象として明らかにすること、ならびに、ホメオダイナミクスの不安定化に起因する疾患(動的疾患)のメカニズムを明らかにし、生体制御のメカニズムに基づく疾患の定量的診断支援を可能にする医用システム基盤開発を目的とした研究を行っています。
参考文献
- Tschantz, A., Barca, L., Maisto, D., Buckley, C.L., Seth, A.K. and Pezzulo, G. (2022) Simulating homeostatic, allostatic and goal-directed forms of interoceptive control using active inference, Biological Psychology, Vol. 169, 108266, https://doi.org/10.1016/j.biopsycho.2022.108266.
- Rabinovich, M.I., Simmons, A.N. and Varona, P. (2015) Dynamical bridge between brain and mind. Trends in Cognitive Sciences, Vol. 19 (8), pp. 453-461, https://doi.org/10.1016/j.tics.2015.06.005.
モデルベースド研究とデータ駆動型研究の統合による生体機能・脳機能へのアプローチ
上述の目的を達成するために、生体機能が表出したメゾスコピックあるいはマクロスコピックスケールの生体時系列信号、具体的には、身体運動データや脳活動データ等を観測・取得し、それらの生体時系列データが示す複雑な変動、すなわち生体ゆらぎや生体リズムを数値指標化します。これは、我々の研究におけるデータ駆動型アプローチであり、生体ゆらぎの特性に基づく健常者と患者の分類や、患者の疾患重症度の数値化を可能にする機械学習装置や動的バイオマーカーの開発を推進しています。
一方,観測された生体ゆらぎを生成する動的制御システムを同定し、その非線形動態を数理的に解析するモデルベースドアプローチは、我々の研究の中核課題です。観測データに同化された動的モデルには、生体ゆらぎを伴う健常機能の発現機序を説明する能力と、生体ゆらぎの変容に表出する疾患の発症、進行や医療的介入の効果を予測する能力があります。このとき、動的モデルの多くは、ホメオダイナミクスやアロスタシスによって実現される“最適な状態”を実現する強化学習系やモデル予測制御系として同定されますが、興味深いことに、外因性および内因性ノイズや、生体フィードバック制御で不可避な遅れ時間等、生体システム動態の不安定化を誘引する要素に溢れた環境の中で獲得される機能発現方策や制御様式は、巧みな仕組みによって、しばしば、柔軟性と頑健性を合わせ持つことがあります。人工的な工学機器に用いられるものとは本質的に異なる新しい制御様式を生体に学ぶことも、我々の研究の目的の一つです。
モデルベースド研究とデータ駆動型研究を統合したアプローチの開発は、21世紀の情報学・システム科学の最重要課題の1つであり、我々も、そうした統合的アプローチを見据えながら、医工情報学領域における種々の課題解決に貢献することを目指しています。
参考文献
- Takazawa, T., Suzuki, Y., Nakamura, A., Matsuo, R., Morasso, P. and Nomura, T. (2024) How the brain can be trained to achieve an intermittent control strategy for stabilizing quiet stance by means of reinforcement learning. Biological Cybernetics, Vol. 118, https://doi.org/10.1007/s00422-024-00993-0
- Bahuguna, J. Verstynen, T. and Rubin J.E. (2024) How cortico-basal ganglia-thalamic subnetworks can shift decision policies to maximize reward rate. bioRxiv 2024.05.21.595174; doi: https://doi.org/10.1101/2024.05.21.595174
パーキンソン病による運動失調の脳内機序解明
我々の代表的な研究対象は、パーキンソン病に起因する運動失調です。パーキンソン病に起因した立位姿勢を含む四肢体幹や眼球姿勢の不安定化、あるいは歩行運動の不安定化は、ホメオダイナミクスの不安定化によって発症する動的疾患として捉えられることが分かってきています。パーキンソン病は強化学習の座である大脳基底核の疾患ですが、身体姿勢維持や歩行機能の実現と失調に大脳基底核における情報処理が重要な役割を果たしています。我々は、パーキンソン病患者における運動失調の脳内メカニズムの解明を目指し、運動計測、脳波・筋電図計測と、これらの時系列データに基づく生体運動の脳内制御系の同定に挑戦しています。さらに、生体内分子の時空間動態を可視化するための磁気共鳴イメージング(MRI)を用いた分子イメージング技術を駆使することで、パーキンソン病患者の脳内で減少することが知られているドーパミンの脳内分布の高感度計測法や高速撮像法の開発にも取り組んでいます。
モデルベースド研究とデータ駆動型研究を統合したアプローチの開発は、21世紀の情報学・システム科学の最重要課題の1つであり、我々も、そうした統合的アプローチを見据えながら、医工情報学領域における種々の課題解決に貢献することを目指しています。
参考文献
- Suzuki, Y., Nakamura, A., Milosevic, M., Nomura, K., Tanahashi, T., Endo, T., Sakoda, S., Morasso, P. and Nomura, T. (2020) Postural instability via a loss of intermittent control in elderly and patients with Parkinson’s disease: A model-based and data-driven approach. Chaos, Vol. 30 (11), art. 113140. https://doi.org/10.1063/5.0022319
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Xiang, M., Glasauer, S. and Seemungal, B.M. (2018) Quantitative postural models as biomarkers of balance in Parkinson's disease. Brain, Vol. 141(10), pp. 2824-2827. https://doi.org/10.1093/brain/awy250
- Gut, N.K. and Winn, P. (2016), The pedunculopontine tegmental nucleus—A functional hypothesis from the comparative literature. Movement Disorders, Vol. 31, pp. 615-624. https://doi.org/10.1002/mds.26556